日本本土と言う言葉を国語辞典で調べると、 @主要な国土 A本国 B仏土、浄土 の3つの意味があるらしい。 @の解釈では、北海道、本州、四国、九州の主要4島を(離島と区別として)示す地理的分類らしい。 Aの場合は、かつての”沖縄の本土復帰”などのように、祖国、国籍国、固有領土(植民地と区別して)などとの同義語として、所属を示す場合に使われる。 Bについては、精神的世界における用語で物理的な意味はないようだ。 今回訪問した神崎鼻は九州本土で最も西に位置する長崎県佐世保市にある。もちろん地理的な意味における日本国土最西端である。 ここは目前に長崎県の島々が望める展望地であるため、まさしく離島を除く日本本土最西端という表現がふさわしい場所である。 |
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アプローチの拠点として長崎県の佐世保駅に降り立った。 | |
この写真は佐世保駅構内にある”日本最西端 佐世保駅JR”の碑である。 JRの駅としては最西端の駅になるということらしいのだが、JRという文字が下部に小さく記載されているのが人情味を感じる。 |
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佐世保駅前から西肥バス大加勢経由江迎行きに乗る。目的地の最寄となるバス停留所は神崎入口であるが、佐世保駅前からの所要時間は時刻表上でジャスト60分である。 | |
神崎入口バス停留所に近づく頃、車窓からは ”日本本土最西端公園” の表示板が見えてきた。 ここから入るらしい。 |
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神崎入口バス停留所で下車した。 すぐ近くにリカーショップがあったので念のために行き先を確かめた。 店の人は、「最初の曲がり角を左に行って、海沿いを歩いていけば良い」と教えてくれた。 |
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最初の曲がり角には”神崎天主堂”への行き先表示があったが”神崎鼻”とか”日本本土最西端公園”などの表記がなかった。 店の人を疑ったわけではないが(話しをしっかり聞かなかったというのが正直なところ)、ここを通り過ぎ、先ほどバスの車窓から見た表示板のある曲がり角へ向かった。 |
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右の写真は最初の曲がり角を過ぎた直後に下方に見える景色である。最初の曲がり角からここへ通じる道があった。 | |
そして表示板のある曲がり角へ到着。バス停からここまで5分弱である。 | |
曲がった後は下り坂である。 | |
下り坂を降りたところに漁船待避所があった。これは先ほど上から見たものである。 実は店の人の言う通りに最初の曲がり角を素直に曲がっていればすぐにここに来れたのである。おおよそ10分のロスであった。店の人も、説明してもわかりづらいだろうと思いつつ話していたような雰囲気であった。(もしわからなくても次の曲がり角を行けばいいのであまりくどくど言わなかったようである) |
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のどかな漁村を進むと道が二又に分かれていた。ここにはわかりやすく行き先が表示されていた。 | |
街灯には”日本最西端のまち”と記されていた。全体的に佐世保市も小佐々町もあまり最西端を強く主張してはいないようだがさすがに近くまで来ると表記は増えてくる。 | |
このあたりはひもの生産が盛んなようで、潮の香りが一段と増してくる。海の透明度もとても良い。 | |
さらに進むと左折を指示する看板が出てくる。 | |
公園の入口に到着。ここまでゆっくり歩いて30分かかった。もし先ほどの近道を通れば20分くらいだろうか。 | |
右に降りる階段があり、そこにシンボル塔(碑)があるようだ。 | |
下にシンボル塔が見えてきた。同時に展望が大きく開けてきた。 | |
海をバックにするととても絵になるモニュメントだ。なかなかシャレたデザインである。 | |
本土と陸続きの平戸島が目前に見える。 これまで見てきた日本最×端は、当然のごとく水平線以外のなにも見えるものはなかった。しかし、この場所からはこの平戸島のみならず、数々の離島が眺められ、景色としては水平線オンリーよりもむしろこちらのほうが眺望は良い。 |
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国際的な島の定義ではオーストラリア大陸以上の面積のものが大陸であり、それ未満が島となっているため、日本の場合、全土が島となる。しかし、日本国内では主要4島を本土として定義し、その他全てが島嶼の扱いとしているようだ。 また、本土と橋で陸続きになっていても通常は島の定義から外れることはなく、本土の範疇に編入されることもない。したがって目前に陸続きの島があっても、この場所が最西端であることに変わりはない。 長崎県は県全域が典型的なリアス式海岸であり、外郭形状が掴みづらく、どこが本土でどこが島なのかもわかりにくい。それゆえに本土最西端に立った実感もマニアならではの格別な思いがある。 |
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モニュメントの下側には”日本本土最西端の地”と表記されている。これは陸側ではなく海側に表示されている。これに気付かずに背面だけ拝んで帰ってしまう人も多いと思われる。 | |
モニュメントの背面までは歩道が整備されているが正面から眺めるには足場の悪いところを降りていかなければならない。釣師や海岸レジャー経験者なら苦にならないが一般観光客は降りる気はしないだろう。表記を海側に向けている理由は何だろうか。航行中の船舶からは文字が小さすぎて見えない。ここは国境付近ではないため、外国船が接岸し上陸して初めて日本と気付くなどということもありえない。(沖ノ鳥島や南鳥島ならともかく) やはりモニュメントの周囲だけでも歩道を整備するほうが望ましいように思える。 |
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モニュメントのある場所から階段を戻り、先ほどの道を真直ぐ進みと、小高い丘があり、そこには日本列島が描かれたモニュメントがある。(四極交流広場) | |
その一角には四極交流盟約書が設置されていた。それには北海道根室市長、長崎県小佐々町長、鹿児島県佐多町長、北海道稚内市長の名が記されていた。(いずれも当時の市町村長) ここをクリックすると拡大。 |
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この後、一旦、神崎入口バス停に戻った。次のバスまで時間があったのでリカーショップで買い物をしつつ、お店の人と話しをした。お店の人は”神崎天主堂”についてはいろいろ説明はしてくれたのだが、本土最西端公園についての言及はほとんどなかった。やはり歴史的、芸術的な建造物こそが一般観光客の感覚に即したものであり、最西端モニュメントは一部のマニアにしか好まれないものなのであろう。しかし、眺望の良い岬めぐりを趣味とする人には足を運んでもらいたいところではある。 店の人に”最西端訪問証明書”はどこで手に入るかを聞いてみたら、これまでは小佐々行政センターでのみ発行していたが、最近は商工会議所でも発行を行なっているとのことであった。 商工会議所は神崎入口バス停から3つ佐世保寄りの楠泊バス停のすぐ近くであった。ここから徒歩にて20分ぐらいで到着した。署名して感想を記入すると無料で発行してくれる。 |
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これが到達証明書である。シャレたデザインである。 |
その後、楠泊バス停から江迎行きのバスに乗り、終点の江迎で下車。そこから徒歩3分程度のところにある松浦鉄道江迎鹿町駅にて伊万里行きに乗車。 | |
10数分後には、たびら平戸口駅に到着。ここは日本最西端の駅になる。沖縄本島に”ゆいれーる(モノレール)”ができてからは世間では日本最西端の称号が那覇空港駅に移った形になっているが、ここでは日本最西端の表記は変えずに残している。それは、日本全国の鉄道網と乗り継ぎによって結ばれている路線として最も西の駅であることが根底にあるようだ。 | |
駅の外には立派な石碑も建てられている。 丁度、写真を撮り終わった頃、佐世保方面行き(帰路)の電車の発車時刻となった。写真を撮るためだけにこの駅に来るマニアに配慮した発車時刻のようだ。 尚、駅構内には鉄っちゃん(鉄道マニア)向けの小さな鉄道博物館もある。時間に余裕がある場合はここを見学して次の電車に乗ることもお勧めである。 |
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以上、報告終わり。 |